およそ58万平方メートルに及ぶ広大な敷地は、総門を入り口とします。石畳の参道を抜けると、長屋門、薬医門と続き、そこから大玄関を臨みます。境内で大きな面積を占めるものに小野梅園があります。 小野の名称は、この地域が日本の古代における有力豪族のひとつであった小野氏の居住地であったことに由来します。遅咲きで知られる薄紅色のはねず梅、白梅や紅梅など約200本の梅が植えられており、江戸時代に刊行された「拾遺都名所図会」にも記される、京都を代表する歴史ある梅園のひとつです。また、六歌仙の一人で、絶世の美女ともいわれる小野小町隠棲の地でもあり、境内には小町ゆかりの化粧井戸、文塚などの旧跡、伝承にまつわる遺跡がいまに伝わります。桜、しゃくなげ、つつじ、紅葉、銀杏などの花木で、一年を通じて美しい景観を見せています。
文化財一覧
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蓮の華を持つ仏さま
如意輪観音坐像
如意輪観音坐像
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人びとを救う仏さま
阿弥陀如来坐像
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中世を代表する仏師 快慶作
金剛薩埵坐像
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一年を通して花で彩られる
隨心院境内
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愛染曼荼羅図
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蘭亭曲水図屏風
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随心院文書
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紀伊国井上本庄絵図
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愛染法
愛染明王を本尊として、敬愛や調伏などの修法を行う法。孫継ぎの所願成就にも効験があるとされ、小野流では秘法とされる。日本における始まりは仁海僧正が編纂したことから始まる。 後冷泉天皇の御代、後拾遺和歌集の撰進に際して、歌を守護するため小野の仁海僧正が七日間この愛染明王法を修し、その功験によって和歌撰進を無事に果たしたと伝えられる。
この言葉が使われている文化遺産
小野流
真言宗事相の一流で、平安初期の僧・聖宝を元祖とする。のちに弟子の仁海僧正が京都・小野に曼荼羅寺(随心院の旧称)を開き、その流儀を広めたことからこの名が生まれた。
この言葉が使われている文化遺産
江戸時代
徳川家康が慶長5年(1600)関ヶ原の戦で勝利を占め、1603年幕府を江戸に開いた頃から、慶応3年(1867)徳川慶喜の大政奉還に至るまで約260年間の称。徳川時代。
この言葉が使われている文化遺産
狩野山雪
江戸時代前期に活躍した狩野派の絵師。京狩野を代表する一人。豪放で構築的な画風を受け継ぎつつ、奇抜な構図やユニークな造形によって独自性を発揮した。1590?–1651。
この言葉が使われている文化遺産
奈良時代
平城京すなわち奈良に都した時代。元明・元正・聖武・孝謙・淳仁・称徳・光仁の7代七十余年間(710〜784)。美術史では白鳳時代を奈良時代前期、この時代を後期として、天平時代ともいう。奈良朝。
この言葉が使われている文化遺産
理源大師 聖宝
平安時代前期の真言宗の僧で、理源大師と尊称される。光仁天皇の玄孫にあたり、幼少より東大寺に学び、真言密教を極めて小野流を創始した。延喜7年(907)には醍醐山を開いて醍醐寺の初代座主となり、また東寺長者・東南院長を歴任するなど、宗門の重鎮として活躍した。 一方で役小角の系譜を継ぎ、金峯山の修行場を再興して柴燈護摩を実践し、修験道当山派の祖と仰がれる。その法脈は京都・小野の曼荼羅寺(現・随心院)に伝えられ、真言宗小野流として広く弘まった。832–909。
この言葉が使われている文化遺産
平安時代
桓武天皇の平安遷都(794)から鎌倉幕府の成立(1185)まで約400年の間、政権の中心が平安京(京都)にあった時代。ふつう初・中・後の3期、すなわち律令制再興期・摂関期・院政期(末期は平氏政権期)に分ける。平安朝時代。
この言葉が使われている文化遺産
王羲之
中国東晋時代の書家・政治家。「書聖」と称される中国書道史上の最高峰的人物。『蘭亭序』など流麗な書風で書道史に不朽の名を残す。303頃 – 361頃。
この言葉が使われている文化遺産
愛染明王
愛染明王(愛染王、Rāga-rāja)は、密教経典『瑜祇経』に説かれる一面六臂の忿怒尊で、赤身・獅子冠をいただき、宝瓶上の蓮華座に坐し、燃え盛る日輪を背にした姿で表される。六臂には五鈷杵・五鈷鈴・弓矢・蓮華などを持ち、「息災」「増益」「敬愛」「調伏」の四種の功徳を象徴する。 人々を諸々の苦しみから救うため十二の大願を発し、とりわけ縁結び・良縁成就・夫婦和合・人間関係の調和といった「敬愛」の功徳で篤く信仰されてきた。 愛欲や煩悩を清浄な菩提心へと転じる「煩悩即菩提」を象徴し、『理趣経』の世界を体現する、密教を代表する尊格である。
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深草少将との悲恋
熱心に求愛する深草少将が小野小町のもとに100日通い続けたが望み叶わず失命した故事。「百夜通い」で知られる。小町は深草少将が訪ねてくるたびに持ってきた榧の実で日にちを数えていたといわれる。
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江戸時代
徳川家康が慶長5年(1600)関ヶ原の戦で勝利を占め、1603年幕府を江戸に開いた頃から、慶応3年(1867)徳川慶喜の大政奉還に至るまで約260年間の称。徳川時代。
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小野小町
平安初期の女流歌人。生没年未詳。六歌仙、三十六歌仙の一人。出生については諸説あって不明。仁明、文徳両天皇の後宮に仕える。美人の代表として伝説化され、謡曲、浄瑠璃、御伽草子などの題材となる。
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六歌仙
平安時代初期の優れた6人の歌人。『古今和歌集』序文に掲げられている僧正遍昭、在原業平、文屋康秀、喜撰法師、小野小町、大伴黒主。「六歌仙」という名称は後代になって付けられたもの。
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小野氏
7世紀前半から平安時代中期にかけて活躍した氏族。 小野妹子をはじめ遣唐使などを務めた者や地方官僚などを務めた者も多い。また、漢詩や和歌に優れ、参議にまで昇った小野篁や能書家として知られる小野道風などが知られている。
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運慶
生年不詳 - 1224年。平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活動した仏師。興福寺を拠点に活動していた奈良仏師康慶の子。康慶が始めた鎌倉彫刻の新様式を完成させた。
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納衣
人が捨てたぼろを縫って作った袈裟のこと。古くはこれを着ることを十二頭陀行の一つだったが、後に華美となり、日本では綾・錦・金襴などを用いた七条の袈裟をいう。
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白毫
仏の眉間のやや上に生えているとされる白く長く柔らかい毛。右巻きに丸まっており、伸ばすと1丈5尺(約4.5メートル)あるとされる。仏の三十二相の一つ。
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平安時代
桓武天皇の平安遷都(794)から鎌倉幕府の成立(1185)まで約400年の間、政権の中心が平安京(京都)にあった時代。ふつう初・中・後の3期、すなわち律令制再興期・摂関期・院政期(末期は平氏政権期)に分ける。平安朝時代。
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宝輪
古代インドの投てき用武器。仏教に取り入られてから仏の説法が心の煩悩を破ることの譬えに用いられ、説法を転法輪とも称する。後には,釈迦そのものの象徴としても用いられるようになった。
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親厳
1151-1236。平安時代後期から鎌倉時代前期にかけての真言宗の僧。東寺長者、隨心院初代門跡を経て東大寺別当に就任。祈雨法や宮中における安産祈願の祈祷を行い、隨心院大僧正と称された。
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東大寺
8世紀前半、聖武天皇によって創建された日本を代表する大寺院。華厳宗大本山。本尊は奈良大仏として知られる盧舎那仏、大仏殿は世界最大級の木造建造物。
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